ベランダチルタイム -ショートショート-

ベランダで話す男女2人の会話の妄想

Night 3.『トムとジェリー』

ガラガラ

 

シュッ

 

フー

 

女「なんで好きか分からないけど、何か好きだなって感じること、ない?」

 

男「なんだろう。映画とか音楽とか、芸術的なものとかかな?インスピレーションというか一目惚れというか、そんな気持ちになるものはたくさんある」

 

女「一目惚れか、、、良い表現。ちょっと違いそうだけど」

 

男「一目惚れは素晴らしい」

 

女「じゃあその、一目惚れって言葉を借りるね。私ね、トムとジェリーが好きなの」

 

男「あのアニメの?小さい時によく観た覚えはあるし好きだけど、一目惚れとか、そういう風に見たことは無いな」

 

女「私も同じ。小学生の頃によく観てて、急に観ることが無くなった。けど最近ふと妙に気になりだして、サブスクとかで観てまた好きになったの。トムとジェリーって素敵なの。説明はできないけど、昔観てた時と今観るのじゃ違う作品に観えるの。そりゃそうなんだろうけど、なにか、他のそれとは違う感情になるの」

 

男「へえ、なんだろう。僕も多分、そういう感情になるモノはあるんだと思うけど、いちいち考えてないかもしれない。考えてないから、パッと浮かばないのかな。けど、羨ましく思うよ」

 

女「私が?」

 

男「うん。特別な感情って誰にでも、何にでも抱けるものじゃない。それがどんな感情であっても。抽象的すぎて分からないけど、僕はそう思う。トムとジェリーっていうのも良い」

 

女「トムとジェリーってさ、いろんなストーリーというか、回があるけどやってることってたいして相違ないの。ジェリーが逃げて、トムが追いかける。やってることはとてもシンプル。だから安心して観ていられる」

 

男「なるほどね。でも回によってはキャラクターが増えたりシチュエーションが変わったり、時には時代背景も変わったりするよね」

 

女「そこも良いの。ジェリーの家族が出てきたり、トムの仲間が来たり、2人と無関係だけど厄介な鳥とか犬が出てきたり。時には剣士になったりピアニストになったり。でも結局の根本は何も変わらない。ジェリーが逃げて、トムが追いかける。トムもジェリーもそれが大事って分かってる。これって、人生というか生活をそのまま映し出しているようにも思えない?」

 

男「僕らの生活?」

 

女「そう。起きて、服を着替えて、食事して、お風呂に入って、寝る。生活って無駄というか省けるものを省いていけばたったこれだけシンプルだと思うの。もちろん外に出たり、働いたり、遊んだり、人を愛したり、セックスすることも大事よ?けど、本来はシンプルな構造でできてる。トムとジェリーに当てはめると、ジェリーが逃げて、トムが追いかける。ってこと」

 

男「うん。なんとなくわかる気がする」

 

女「キャラクターが出てくるのは人との出会い。シチュエーションが変わるのは、家から出て生活する場所が変わること。時代背景が変わるのは、私たちでいうと歳を取るっていうこと。けど何があっても私たちは寝て、起きて、食事をする。トムとジェリーが追いかけっこをするように。的外れなのかもしれないけど、なんとなくそう考えるの」

 

男「なるほど。気の利いた回答はできないけど、正しいか間違っているかより僕はその考え、良いと思う」

 

女「本当に気の利けない回答ね」

 

ジュッ

 

ガラガラ